文明研究所が3月20日に湘南キャンパスで、「人文学における身体性をめぐって」と題する公開シンポジウムを、対面とオンラインのハイブリッド方式により開催しました。本研究所は、本学が建学の理想として掲げている「調和のとれた文明社会の建設」を実現するための基礎的研究の場として1959年に創設。細分化された学問分野を統合して文明に関する包括的な研究を確立し、現代文明が直面する諸問題を総合的な視点で解決することを目指しています。このシンポジウムは、教育などの実践的な領域における身体性に関する研究の動向を視野に入れながら、20世紀における身体性をめぐる研究の視点?方法の学問分野単位での自覚的継承と、学問領域を超えた問題意識の共有を課題として企画したものです。本学の研究者3名による研究報告とパネルディスカッションを実施し、多数の教職員らが聴講しました。
開会にあたり、中心になって企画した文学部歴史学科日本史専攻の山本和重教授が登壇。2016年度から展開している人文学に関する研究プロジェクトの変遷や本シンポジウムの開催趣旨を説明し、「活発なディスカッションにより、実り多い会になることを願っています」とあいさつしました。
山本教授は続けて、「歴史学における身体性重視の系譜―柳田史学?国民的歴史学?社会史研究?オーラルヒストリー―」と題して研究成果を報告。1950年代に行われていた民話学の研究から今日の身体性重視につながるオーラルヒストリー(関係者への聞き取りによりまとめた歴史)の研究に至る経緯を振り返りながら、その手法に関する多様な研究者の意見を紹介しました。その上で、歴史学における身体性の意義や課題について考察し、「身体性は日常にかかわるものであり、資料に残された人々の営為とそれを読み解く人との相互応答は、教師と生徒の間にも通じるといえます」と述べました。
文明研究所の田中彰吾所長(文化社会学部教授)は、「認知科学における身体性―これまでとこれから―」をテーマに報告。認知の働きを解明しようとする認知科学が、情報処理や人工知能を活用した研究から、身体性を重視した「身体性認知科学」へと展開した経緯について説明しました。さらに、身体の役割が基礎的?受動的に捉えられがちな昨今の認知科学研究に関する問題点を指摘し、「今後は、身体が環境に向かって能動的に投射しているものを解明していく必要があり、バーチャルリアリティもその研究に有用なツールの一つとなり得ると考えます」と語りました。
「模擬授業場面における身体知と理論的理解の関わり―『リフレクション』概念に注目して―」と題して報告したティーチングクオリフィケーションセンターの斉藤仁一朗講師は、大学の教職課程における模擬授業に焦点を当て、自分の言動を振り返って認識する「リフレクション」の視点から「身体知」と「理論的理解」の関係性について考察。「学習者は、身体的動きを通して得た経験により思考を紡ぎ出し、経験から自分の認識や思考の特徴を吟味できるともいえます。模擬授業は学んだ理論を活用する場ですが、逆に、その場の経験から始まる理論学習もあり得ると考えます」とまとめました。
最後に報告者3名が登壇し、本研究所の篠原聰准教授(ティーチングクオリフィケーションセンター)の司会でパネルディスカッションを実施。それぞれの研究報告を踏まえ、「身体性と言葉」、「理論知と実践知?身体知」をめぐって報告者相互でディスカッションし、さらに会場の参加者を交えて、身体性に注目した人文学研究の意義や手法、今後の方向性などについて活発な質疑応答や意見交換を行いました。