文明研究所の田中彰吾所長が学術書『身体と魂の思想史』を刊行しました

文明研究所の田中彰吾所長(文化社会学部心理?社会学科教授)がこのほど、『身体と魂の思想史――「大きな理性」の行方』(講談社選書メチエ)を刊行しました。田中所長は、身体性に根ざした心の科学を追究しています。この本は、ニーチェが『ツァラトゥストラはこう言った』に記した「身体はひとつの大きな理性だ」という言葉をキーワードとして、20世紀における身体と心をめぐる思想史を振り返り、そこから身体論の現在と近未来を展望した学術書です。

同書は全6章で構成されています。第1章から第3章では、心と身体が切り離され、人間を理解しようとする学問の中心が「心」になった時代を経て、置き去りにされていた「身体」が取り戻される過程を、フロイト、W.ライヒ、サルトルの思想をひもときながら考察。第4章から第6章では、身体を放置したままの認知科学に異を唱えたメルロ?ポンティの思想や、現代人の生きづらさに通じる「身体イメージ」、「身体と環境のあいだに拡がる心」といった、より現代的な身体論について解説し、脳神経科学の進歩によって生まれた「拡張身体」という新たな概念についても論じています。

田中所長は、「ニーチェの『大きな理性』という言葉については、ボディワークをテーマとした修士論文の最後で中途半端に引用して以来、ずっと心に引っかかっていました。四半世紀を経てようやく本書で論じきることができ、“やり残した宿題を終えられた”という気持ちです」と語ります。「ニーチェは、『小さな理性』である精神と対比して、身体を『大きな理性』と表現しました。彼が『大きな理性』という言葉に託したのは、産業化や都市化が進む19世紀末にあって、ものごとを頭だけで考え、マニュアル的に対応するだけの小手先のスマートさ(小さな理性)ではなく、目の前にある状況を身体と魂をもって的確に察知し、その上で自分が納得できる回答を得ようとする骨太なワイズさ(大きな理性)を生きる指針とせよ、という強い願いだったと思います。それは、急激に情報化が進み、すべからくスマートであることをよしとする現代にも求められる姿勢であり、学生に向けて“思想を培え 体軀を養え 智能を磨け 希望を星につなげ”と説いた、学園の創立者?松前重義博士が目指した『知のあり方』でもあると考えます。自分が教える学生たちにも、時代の流行や表面的な知性にまどわされず、身体と魂とが共にある生き方を指向するワイズな人になってほしい。本書にはそんな思いも込めました。身体をめぐって生きる意味を考えたい人に手に取ってもらえたらうれしく思います」と話しています。