医学部看護学科の金児-石野知子客員教授と入江将仁?元特任助教らの研究グループが、2つのウイルス由来の哺乳類特異的獲得遺伝子が脳の自然免疫に機能することを世界で初めて解明。その成果をまとめた論文が、9月27日に国際科学誌『Development』に掲載されました。この研究は、もともとは「敵」であったウイルス(病原体)から哺乳類が獲得した遺伝子が、逆に「味方」となってウイルスや細菌などの外敵から身を守る自然免疫システムの一員として脳で機能していることを明らかにした画期的な成果であり、同誌の「Research highlight」「The People Behind the Papers」欄で取り上げられたほか、同誌からプレスリリースも行われました。
金児-石野教授らは、太古の昔に哺乳類の祖先のゲノムに入り込んだウイルス由来の2つの哺乳類特異的遺伝子「RTL5(SIRH8)」「RTL6(SIRH3)」の働きを解析。各遺伝子から作られるタンパク質「RTL5」「RTL6」が脳の免疫細胞であるミクログリアで発現することを、ノックインマウスを用いて明らかにしました。また、ミクログリアが脳内唯一の免疫細胞である点に着目し、強力な病原体物質であるウイルス由来二本鎖RNA(dsRNA)を模した物質、細菌感染を模した非メチル化DNA、細菌由来のリポ多糖(LPS)に対する同細胞の反応を調べた結果、RTL5はdsRNAと非メチル化DNAに、RTL6はLPSに集まって来ること、RTL6は脳内の血管を守るようにバリアー構造を形成することを確認(図)。さらに、2つのタンパク質が病原体の排除に重要な役割を果たしていることを、それぞれの遺伝子を破壊したノックアウトマウスを使って解明しました。
この結果について金児-石野教授は、「これまでに11の哺乳類特異的獲得遺伝子を同定し、それらの遺伝子が胎盤や脳機能に重要な役割を持つことを突き止めてきましたが、脳の自然免疫にかかわる機能が明らかになったのは世界で初めてです。2つの遺伝子は哺乳類の脳の健康維持に重要な働きをしていると考えられ、今後、ヒトの精神?神経疾患との関連解明につながると期待されます。この研究のベースは2007年から、当時大学院博士課程に在籍していた入江さんが中心になって構築してくれました。彼が約9年かけて蓄積した貴重なデータや、苦労して作製に成功したノックアウトマウスの系統を引き継ぎ、なんとか機能を解明したいと研究に取り組んできた結果、ようやく彼の努力に報いることができました。生命科学統合支援センターが、研究に不可欠の最新式共焦点レーザー顕微鏡(目的とする物質のみを正確に観察できる顕微鏡)を導入し、技術職員が実験をサポートしてくれたことも研究を加速させた一因です」と語ります。
「なかなか出口の見えなかった研究にブレイクスルーがあったのは2021年2月16日のこと。実験用に取り出したマウスの脳にダメージを与えないようにしっかりと冷却したところ、通常よりもタンパク質の出現が見られなかったため、“逆にダメージを与えればよいのでは”とひらめいたことが突破口になりました。たとえば、2つの絵を見比べる間違い探しクイズで、正面から見てわからなかった違いが横から見れば一目でわかる場合がありますが、研究も同じです。過去の結果にとらわれず、遠くから見たり、違う角度から見たりする大切さをあらためて認識しました。11の遺伝子のうち9つの機能を明らかにできたので、残りは2つ。今後も柔軟な発想を意識しながら、その解明に向けて研究を続けます」と話しています。
※『Development』に掲載された論文は下記URLからご覧いただけます。https://journals.biologists.com/dev/article/149/18/dev200976/276855/Retrovirus-derived-RTL5-and-RTL6-genes-are-novel