先進生命科学研究所の蟹江治教授らが光学活性有機化合物の解析方法などの新手法を開発

bet36体育投注_bet36体育官网app-在线*开户の先進生命科学研究所の蟹江治教授をはじめ、理化学研究所伊藤細胞制御化学研究室の伊藤幸成博士(科学技術振興機構ERATOグライコトリロジープロジェクト) 、理化学研究所イノベーション推進センターの中村振一郎博士らの共同研究グループは、光学活性有機化合物*における光学活性中心の絶対配置決定につながる解析方法を、質量分析装置と計算化学によって達成する新手法を開発しました。

なお、この研究成果は、4月4日午前10時(イギリス時間)に英国?論文誌『Nature』の姉妹誌である『Scientific Reports』(WEB版)に掲載されました。

■本研究成果のポイント
◇エネルギー分解質量分析法*を用いて、化学結合で結んだジアステレオ異性体*の対として、QIT型質量分析装置*で判別することに成功
◇従来の方法を改良し、生体成分を構成する水酸基、アミノ基、カルボキシル基などの官能基から誘導したジアステレオ異性体が例外なく判別できることを示した
◇小分子のジアステレオ異性体対のイオンにおいて配位金属が解離する反応が理論計算を用いて再現可能であることを示した
◇これにより質量分析法で使用する試料のサンプル量は、核磁気共鳴分光法(NMR)*と比較して十万分の一程度に減らすことを実現し、新薬開発の期間短縮やコスト低減に道を開いた

■本研究内容について
蟹江教授らは、QIT型質量分析装置を用いて、化学結合で結んだジアステレオ異性体の対として光学活性分子を判別することに成功しました(図1A)。これは「エネルギー分解質量分析法」と呼ばれ、衝突のエネルギーを変化させながら一連のMS/MS実験*を行い分子イオンの開裂過程をエネルギーの項目で観察するものです。

今回、従来の方法を改良し、生体成分を構成する水酸基、アミノ基、カルボキシル基などの官能基から誘導したジアステレオ異性体が例外なく判別できることを示しました(図2A)。この方法は、通常のMS/MS実験では判別が不可能な場合でも判別が可能です。

また、「小分子の金属配位イオンの開裂」においては、MS/MS実験では配位した金属イオンが脱離し、フラグメント化反応が観察されない場合があります。しかし、蟹江教授らは、金属イオンがジアステレオ異性体の対から解離する反応が理論計算によって再現可能であることを示しました(図2B)。

例えば天然物として絶対配置が不明の分子が一つ得られた場合、これに鏡像体のキラル補助団*を導入して得られるジアステレオ異性体の対をエネルギー分解質量分析法で解析すると二者を判別することができます(図1B)。しかし、この時点では天然物がどちらの光学異性か判明しないため、光学異性の明確なモデルをコンピューターで作成し、この安定性について計算した結果と比較することでジアステレオ異性体の対の立体配置を推測することができます。

■今後期待される点について
X線結晶解析法は、結晶を取得することが必要であり、核磁気共鳴分光法(NMR)でモッシャー法と呼ばれる方法を用いると光学異性を決定できますが、質量分析法では使用するサンプル量がNMRの10万分の1程度となり、試料の使用量を大幅に削減することが期待できます。また、医薬品の中には天然物やその誘導体、類縁体のほか、光学活性物質もあります。天然物の構造決定は、医薬開発の初期段階で非常に重要であり、分析技術の微量化は今後ますます重要性を増すと考えられます。このようなニーズに対して、質量分析法による極微量分析技術の発展は極めて大きな意味を持っており、本研究成果が大きく貢献できると期待されます。

■用語解説
◇光学活性有機化合物:非常に似た構造を持っていても重ね合わせることができない「鏡」に映ったような物質の対が想定できる時、それら各々、または一方を光学活性、あるいは旋光性のある分子であるといいます。
◇エネルギー分解質量分析法:質量分析装置を用いると、構造を詳しく分析する分子が持つイオンの電圧(イオンを活性化するエネルギーに関係します)をコントロールすることで、ヘリウムなどの不活性ガス分子との衝突によって壊す(フラグメント化)ことができます(MS/MS)。この際エネルギーを変化させながらMS/MSを行う方法です。
◇ジアステレオ異性体:光学異性体のうち鏡像異性体でないもので、分子の性質が若干異なるものです。
◇QIT型質量分析装置:QITは四重極イオントラッップを指し、この電極を解析の心臓部に持つ質量分析装置。QITは1989年にノーベル賞を受賞したWolfgang Paulにちなんでポールトラップとも呼ばれています。空間に発生させた電場中にイオンをトラップすることができ、任意のイオンを不活成分子と衝突させフラグメント化させることができます。
◇核磁気共鳴分光法(NMR):静磁場の中においた分子を構成する原子核の性質を観測する方法で、有機分子の構造解析に最もよく用いられます。
◇MS/MS実験:電圧をコントロールして分子イオンを活性化し不活性ガス分子との衝突のエネルギーでフラグメント化をおこなう実験です。
◇キラル補助団:光学活性(キラル)分子をジアステレオ異性体に導いたり、光学的に不活性な分子と結合したりすることで、立体選択的な反応を誘導する時に用いる光学活性基です。

蟹江先生の図(加工).jpg