医学部付属病院副院長で循環器内科の吉岡公一郎教授(医学部医学科)の研究グループが、放射線治療科の国枝悦夫客員教授らとともに、国内初となる体外からのX線照射による心室頻拍治療を実施しました。厚生労働省「特定臨床研究」の認定を受けて2019年11月に1人目の患者に施術し、治療から1年5カ月余りが経過した現在も合併症などは認められず経過は良好です。この成果に関する論文は2021年2月12日に、『Heart Rhythm Case Reports』オンライン版に掲載されました。
心室頻拍は心臓が1分間に120回以上不規則にけいれんし、ときに心室細動に移行して突然死に至る致死性の不整脈です。一般的には、心筋梗塞後の心機能が低下した症例で認められます。心室頻拍に対する有効な治療法はカテーテルアブレーションが主流で、これは直径2~3ミリメートル程度の管を鼠径部の大腿静脈(または動脈)から心臓に挿入し、心筋を焼灼(病組織を焼いて壊死させ、線維化を惹起する治療法)することで異常な電気回路を遮断する方法です。加えて、薬剤や植込み型除細動器(体内に埋め込んだ機器が不整脈出現時に電気ショックを与えて正常心拍に戻す方法)による併用療法が行われていますが、これらを組み合わせても制御できないケースがあり、新たな治療法が待ち望まれています。
体外放射線照射は体幹部定位放射線治療(SBRT)と呼ばれ、「ライナック」という装置を用いて標的組織にX線を照射する局所療法です。主にはがんの治療に用いられていますが、技術の進歩により、標的組織に隣接する正常臓器の障害を最小限におさえながら、高精度に照射することが可能になっています。近年、がん治療以外にもSBRTの応用が広がっており、アメリカ?ワシントン大学では心室頻拍に対する放射線不整脈治療の優れた成績を2017年に発表しました。吉岡教授らの合同研究グループは本治療を日本でも実施するため、同大学でハンズオントレーニングを受講し、帰国後も数回にわたり具体的な治療手順の指導を受けました。さらに本病院画像診断科の橋本順教授とも連携し、独自に交感神経機能を評価する核医学解析画像の手法を取り入れています。安全性を最も重視し、放射線治療医と医学物理士の株木重人講師らと綿密な照射計画を策定して、日本における第1例目の実施に至りました。
本治療のメリットは、治療時間が準備を含めて1時間、照射時間は5分~15分と短時間で完了することです。痛みを伴う治療ではないため麻酔が不要で、高齢者においても体への負担が少ないことが最大の特徴であり、難治性致死性心室不整脈の“第4の治療”として期待されています。
こうした革新的な治療の背景には、本研究グループが1997年から取り組んできた、重粒子線が心臓に及ぼす電気生理学的機序に関する基礎研究の基盤があります。重粒子線はヘリウムよりも重い原子番号を持つ原子の原子核ビームで、臨床的には炭素線が代表的です。X線よりも高い線量集中性を持つことから、心臓の不整脈基質(不整脈の発生源)に対するピンポイント照射に適していると考え、研究を続けてきました。2000年には放射線による抗不整脈効果についてアメリカ心臓協会学術集会で明らかにするなど、さまざまな成果を論文発表しています。これらの業績が評価され、循環器内科の網野真理准教授はbet36体育投注_bet36体育官网app-在线*开户で初めてとなるクロスアポイントメント制度(重複雇用契約)のもと、2020年に量子科学技術研究開発機構における重粒子線治療研究部主幹研究員に任命されました。照射領域を同定するための新たな心臓核医学検査の開発と、重粒子線による臨床応用を目指しています。
吉岡教授は、「重粒子線の加速には極めて高いエネルギーを要し、大型のサイクロトロンの取り扱いには高度な知識が必要です。重粒子線治療機器は国内に6台稼働しており、世界的に見ると我が国は最多保有国です。X線よりも心臓周辺臓器への照射を抑えることで副作用を軽減できる可能性があります。一方、X線は電子を加速することで得られるため簡便であり、がん治療装置は全国に普及しています。現在、X線についても基礎研究を行って重粒子線データと比較検討していますが、心臓に対するより詳細なメカニズムを解明することで、不整脈に苦しむ多くの患者さんにこの治療を提供できると考えています。最終的には最小線量で最大効果を発揮できる線量を設定し、健常な心臓組織に障害を与えることなくポンプ機能を維持することが目標です。患者さんの病態や不整脈の種類、発生部位に応じて重粒子線とX線の特性を使い分け、低侵襲性不整脈放射線療法を確立するとともに、保険収載(公的医療保険の適用)を目指してさらに研究を進展させたい」と意欲を見せています。
なお、『Heart Rhythm Case Reports』に掲載された論文は下記URLからご覧いただけます。
https://doi.org/10.1016/j.hrcr.2021.01.023