教養学部芸術学科の田口かおり准教授が、小田原市や市民団体などと連携して小田原市民会館大ホールの壁に描かれた故西村保史郎(1915-2015)の絵を修復?保存するプロジェクトを実施しています。昨年7月から事前調査を繰り返し、6月16日には同市の職員や市民会館思い出アーカイブ隊、田口准教授が客員修復士を務める森絵画保存修復工房のメンバーやゼミの学生も加わり、剥ぎ取り作業を行いました。
西村保史郎は『星と伝説』や『小公女』『キュリー夫人』『世界のおばけ話』といった児童書や図鑑の挿絵を手がけ、昭和期における有力な美術団体の一つである自由美術家協会で活躍し、主体美術協会も設立。1962年に開館した同館の建設と同時期に、1階に高さ約3m、横幅約22mの赤色壁画を、2階に高さ約2m、横幅約11mの青色壁画を描きました。開館から40年以上が経ち、壁画は同館の一部として長い間市民に親しまれた一方、設計事務所の廃業や作者の死去により制作の経緯や主題、技法などの資料が失われ、昨年7月末の閉館とともに建物ごと取り壊されることとなりました。しかし、2017年から調査を続けてきたアーカイブ隊によって西村の作品であることなどが判明したことから、絵画の修復?保存などを手がける田口准教授に調査の依頼がありました。田口准教授は、「幼いころ、夢中になって読んだ本の挿絵を描いていた方だと知って驚きました。たくさんのすてきな作品を届けてくれた西村さんに恩返しができるように思って引き受けました」と振り返ります。事前調査の結果、壁にキャンバスを貼り、その上に石膏で凹凸をつけて鮮やかな色材で描かれていることがわかり、「むやみに剥がそうとすると表面が割れてしまう可能性がある」と分析。傷や汚れ、湿度に起因するシミなども認められたため、作業当日は1階、2階ともに作者のサインと、比較的欠損が少なく特徴的な部分を剥ぎ取りました。
田口准教授は、「壁に描かれたこれほど大きな作品は希少で、作品自体が文化施設そのものといえるでしょう。ホールを利用してきた市民の方々の記憶や写真に残っているはずの絵画を一部でも残すことで、市民の思い出と作品の価値を語り継げるのではと考えています。こういった作品の修復?保存は一般的な美術作品とは手法が異なるため初めてのことばかりですが、これまでの知識と技術を応用して取り組みました」と話します。ゼミ生の加藤巧麻さん(4年次生)と萱場隆生さん(同)は、「美術史を学んでおり、保存?修復の方法は本や動画などで見たことがありましたが、今回の作品は全く別物。触っただけで割れてしまう部分もあり怖さも感じましたが、貴重な経験になりました」と話しました。
今後は、29日に同様の作業をするとともに、壁画が描かれた経緯などを調査しながら、西村のほかの作品から1960年代の技法を分析するとともに、持ち帰った壁画を修復し、絵具や材料も科学的に分析する予定です。年末と来年3月に、小田原三の丸ホールで修復した絵や研究資料などを展示する計画となっています。