生物学部生物学科の小口晃平講師らの共同研究チームがこのほど、毒クラゲの一種である「カツオノエボシ」が放出するGonodendron(生殖枝)と呼ばれる構造に含まれる生殖細胞が、放出時には未成熟であることを解明。この成果をまとめた論文が10月3日に、学術誌『Scientific Reports』に掲載されました。
カツオノエボシは、海水浴場等でヒトを刺傷するなど古くから危険生物として知られていますが、本種の長期飼育は非常に難しく、世界的に精子や卵が見つかっておらず、「いつ、どこでどのように繁殖しているのか」など未解明な点が数多く残されています。小口講師と、東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所技術専門職員の幸塚久典氏、新江ノ島水族館飼育員の山本岳氏、Yale大学教授のCasey W. Dunn氏らによる研究チームは、繁殖に関わるさまざまな構造の複合体で、成熟するとカツオノエボシの本体から切り離されて海中を漂い、有性生殖を行うと考えられてきた生殖枝に注目。生殖枝とその中に含まれる生殖体を対象に、組織形態学的に観察した結果、生殖体は上皮、生殖細胞層、胃腔(消化管)細胞の3層からなる複雑な構造を持つことを確認しました。
一方で、検鏡した生殖体には明確な配偶子(卵や精子)が確認できなかったため、細胞のDNA量を測定するフローサイトメトリーによる核相解析の結果、生殖体内では配偶子を示す半数体細胞は検出されず、すべての細胞が倍数体であることを確認しました。これは生殖枝が本体から切り離された時点では、生殖細胞が成熟には至っていないことを示しています。さらに、生殖細胞の成熟段階を調べるために生殖細胞マーカーや減数分裂の第1分裂に関与する遺伝子の発現解析を実施。その結果、生殖体においてこれらの遺伝子が高い発現を示したことから、生殖枝が本体から切り離された時点では、生殖細胞は減数分裂の初期段階にあり、放出後に成熟が進む可能性が強く示唆されることを明らかにしました。
生態進化発生学が専門で、環境によって姿かたちを変化させるシロアリなどの昆虫をはじめとする無脊椎動物を対象に研究する小口講師は、今年度から本学部で教鞭を執りつつ、東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所在籍時から取り組んできた本研究を進めてきました。「個体同士で役割分担するシロアリなどの社会性に関心があり、研究者の道を歩んできました。その中で、無性生殖によって生まれた個体(個虫)が繋がりあって生活する『群体』をつくるカツオノエボシの生態に興味を持ったことが本研究に取り組むきっかけです。カツオノエボシは世界中に分布し、強い毒で人的被害をおよぼします。さらに研究を深化させ、生殖枝がいつどこで本体から切り離されるのか、どのように成熟し、配偶子が放出されるのか解明したいと考えています。カツオノエボシの生活史の全貌が明らかになれば、いつどこで生まれ、海岸に漂着するのかが分かり、海岸での安全確保にも寄与できるのではないかと期待しています」と話しています。